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ブログ引っ越しいたします。

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 いつも、ブログを御覧くださっている皆様、本当にありがとうございます。
 かねてより、今回のようなブログの引越を考えておりましたが、ついに実行に移すことにいたしました。

 皆様には、ご不便と、戸惑いを与えてしまうかもしれませんが、ご容赦下さい。

ブログ引っ越し、始まり〜。 | 今日もいい一日でした。-1

 新しいブログはこちらです。新ブログ「今日もいい一日でした。

 3つのブログを持っていましたが、一つに束ねることにしました。

 お手数ですが、これまでどおり、お気に入りの一つに加えていただければ幸いです。
 こちらのブログの記事の更新はもうありません。

 どうぞ引き続きよろしくおねがいします。
 新しいブログについて、何かご要望などありましたら、何でもお伝え下さい。
 コメントも、これまでよりも簡単に書けるようになったと思います。

今日もいい一日でした。 | 「Pastor_s memo」「今日もいい一日でした」「礼拝説教保管庫」を統合・移行中です。
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| 感謝 | 22:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 10章23節

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 謀反をを起こしたエフーは、北イスラエル王国から、徹底的に偶像礼拝であったバアル信仰を取り除こうとする。

 しかし、決してそのどさくさで真の神を信じる者が殺されるようなことはあってはならない、と徹底して選別する。

 これは、世の終わりのさばきの記述に似ている。
 神のしもべなのか、そうではないのか、その違いが明確に問われる時が来る。

 人は、自分のいのちはすべて、神の御手に握られていることを、忘れてはならない。

 そしてまた、私たちすべてを救うために、十字架に死なれたキリストの愛を、教会は指し示し続けなくてはならない。

| 今日の聖書(新改訳) | 08:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 9章22節



 北イスラエルのヨラム王に対して、部下であったエフーが弓を引く。
 それは、神が定めた「時」であった。
 ヨラム王は、母イゼベルと共に、罪の文化を築いた。

 エフーのことばは、ヨラムの心にまっすぐにさばきを伝え、引き絞られた矢は、王の心臓を射抜く。

 ああ、私もまた、胸を貫かれてさばかれるべき者ではなかったか。
 しかし、私ではなくキリストが、十字架で身代わりに、その罰を受けて下さった。

 今、心に罪を隠し、うわべで平安をよそおう生き方ではなくて、心の真中に神とそのことばを喜ぶ歩みを、させて頂こう。

| 今日の聖書(新改訳) | 09:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 8章19節



 王たちは、神に対して不誠実であった。
 しかし、神はいつまでも誠実であり続けられた。

 ともしびを与え続けてくださる神。
 それが、聖書の神である。

 友よ、あなたがどれほど、神から離れても、また取り返しの付かない過ちを犯したとしても、誰も救う者のいない暗やみの中に住んだとしても、キリストはともしびを与える方。与え続けてくださる方である。

| 今日の聖書(新改訳) | 08:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 7章9節

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 アラムの包囲の中、飢餓で死に絶えるかと思われたエルサレムの人々を、神は鮮やかに救われる。
 エリシャの預言したとおりであった。

 神が、アラムの軍勢を敗退させたので、有り余る食料がそこには残されていた。
 それを発見したのは、エルサレムの皮膚病患者たちであった。
 彼らは、当初、自分たちのことだけを考え、取り分を確保しようとする。

 しかし、次第に、それが間違っていることを知る。
 恵みは途方もなく大きく、そして城壁の中では飢餓で死にゆく同胞があるのである。

 これは、教会に対するメッセージである。
 クリスチャンは、永遠の愛を知り、祈りの恵みを知り、罪の赦しと天での国籍を得た。
 今日も明日も、神と共に生きる喜びを知っている!
 それは、私だけのものにしておくには、あまりにも大きなものである。

 今日もまた、良い知らせの日なのである。

| 今日の聖書(新改訳) | 07:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 6章27節



 イスラエルの王ヨラムは、まことの神に仕えず、自己中心な王政を布いたが、アラムという国に包囲され、加えて大変な飢饉に見舞われる。

 ついに彼は、神を恨み、自分の限界を悲しみとともに告白する。

 人は、自分のやりたいままを行い、ついに行き詰って初めて神の名を持ち出す。
 しかし、実際には、今まで生きてきたことも含めて、神の憐れみの中で与えられ、庇護され続けてきたのである。

 なぜ、トラブルの中でのみ神を思い、また恨むのか。

 友よ。
 幸福な日も、逆境の日も、神を求めよう。
 喜びの日に感謝し、苦しみの中で祈ろう。

 明日ではなく、今日そうしよう。
 今日もまた、神の作られた一日なのだから。

| 今日の聖書(新改訳) | 07:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 5章13節



大病に悩まされる将軍ナアマンに対して、預言者エリヤは単にヨルダン川で水浴するよう指示する。

ナアマンは、期待はずれの簡単過ぎる答えを、馬鹿げている、と激怒する。

これは、キリストがもたらす罪のきよめをよく表している。

ただ、その愛に身を委ねるのである。
キリストの身代わりの死により、あなたはきよめられる。
それは、どこまでもシンプルで、同時に唯一の救いの手だてである。

「イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」
ヨハネ14:6

| 今日の聖書(新改訳) | 05:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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4月15日 主日礼拝について(10:30-12:00/江見太郎師)

2012年4月15日(日)の礼拝は・・・
■時間:10:30-12:00
■宣教:江見太郎兄
   使徒の働き11章19-26節
  「聖霊に充満たされた人バルナバ」
■讃美歌:6番 500番 539番

 中継サイトはこちらです。(試験放送中)

 ※聖書は新改訳です。
 ※中継視聴は、ブロードバンド環境が必要です。

| 未分類 | 10:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 4章23節



 シュネムの女は、悲しいことに我が子が突然死した際、誰にも伝えず、一番に預言者エリシャに使いを送る。
 彼女は知っていた、この絶望的な状況の中では、神を第一に呼び求めるべきであることを。

 神を第一とする人に、神もまたむくいて下さる。

 主よ、あなたはすでに私に十分に恵みを与え続けてくださっておられます。
 どうぞ私もまた、あなたを第一とし続ける者とさせてください。

「私を呼べ、そうすれば、
 わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、
 理解を超えた大いなる事を、
 あなたに告げよう。」
   ・・・エレミヤ33:3

| 今日の聖書(新改訳) | 08:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日の聖書/列王記第2 3章17節

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 北イスラエル・南ユダ・エドムの連合軍はモアブ討伐の際、道を誤り、飲み水を失う、という危機に陥る。

 その際、預言者エリシャに助けを求めたところ、彼は、水の無い谷に溝を掘らせる。
 おどろくべきことに、翌朝には豊富な水があふれた。

 この時代の渇きは、いやし難いものであることは事実である。
 しかし、神はすべてを潤す力を持っておられる。

 大切なことは、この神を指し示すことである。
 イエス・キリストとその人との出会い、そこに、人を救い、満たし続ける力がある。

| 今日の聖書(新改訳) | 08:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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